楽しい食生活

アラサー一人暮らし、生々しい食生活の記録。

恋人との食の嗜好の一致は重要か

恋人が初めてできたのは私が23歳の時。一般的な人と比べると遅いのであろうがそれは今回は関係のない話。

初めての恋人とは食べ物の好みが合わなかった。私はほとんど好き嫌いが無いのだが相手に嫌いなものがありすぎた。食欲の程度も違った。というか食に対する意識の違いが気になってしまった。

私は自他ともに認める食いしん坊である。大学時代までは「肉が食べたい」といつも言っていた。いつもおなかが空いていたし、食事の途中で「お腹が空いた」と言うことなど日常茶飯事。

今私は31歳で、大学時代ほどの食欲は無くなったのだが、そんな私を見て大学時代の友人は「信じられない」と言う。そうだよね、あんなに常に肉を食べたがっていた私が「もうお腹いっぱい」などという日が来るとは思わなかったよね。私も思わなかったからその気持ちはよく分かるよ。そのくらい若かりし頃の私の食欲はすごかった。

 

さて、三十路となり落ち着いた私の食欲であっても、やはり同年代女性のそれと比べるといささかまだ差があるようである。

最近親しくしていた恋人のようなそうでないような人がいたのだけれども、そのひとは果たして飲食業を生業としている人であった。私は食いしん坊であるけれども、恋人の条件に「食欲旺盛な人」という条件は特に掲げていなかったのだけれど、たまたま親しくなった人が食べることや飲むことが好きで高じて職業とまでなった人だった。

その人との食事は楽しかった。私は今まで男性より食べる量が多いことがほとんどだった。否、食べる量は実際少なかったのかもしれないのだが、頭で考える「食べたい量」がものすごく質量ともに多かったのだ。いつも食べ足りない飲み足りない気持ちだった。そのくせ、「女性は男性より多く食べると恥ずかしい」というような意識があり、思い切りいつも食べられなかった。しかしその人は…仮にS氏としておこう、S氏は2歳年下だったのだが、もともと食べることが大好きということと2歳年下ということは関係するのだろうか、私より食べ飲むペースも早く量も多かった。実際の飲食する量もそうだし、食に対する意欲も私を上回っているように感じられた。それが私には珍しいことで、嬉しかった。S氏は29歳であるがすでに自分の店を持っており、経営も軌道に乗っているようで、食事にかかる費用はそんなに気にしていないようであった。そんなこともあって好きなものを好きなように注文して飲食するそんな食事になったのだった。

私の最初の恋人は食べる量も普通…というか私から見ると少ないしあれも嫌いこれも嫌いで一緒に食事していて悲しくなることが多かった。でもS氏は違う。そう思って私はこういう人もいるんだ、やっと出会えたと思えて嬉しかった。

食欲は人間の3大欲求のうち、おそらく一番生命維持に直結している欲求であろう。だから、食欲の程度、嗜好が一致しているのなら、恋人としても相性はいいのではないかと思って、いた。

まだ結論は出ていないのだけど、そうでもないようだ。現実は残酷。やっと私が好きなものを好きっていう人と出会えたのに。それとこれとは関係ないんだね。残念だけど現実を受け入れなくちゃいけない。あんなに食べ物の好みが合う人とまた出会えるのかな。そもそも食べ物の好みが合うことって恋人に必要な条件なんだろうか。なんかずっと好みが合う人がいいな、と思っていて果たしてぴったり合う人に出会ってしまって、でもなんか上手くいかないのを目の当たりにすると、じゃあ次はどうしたらいいんだろうって思ってしまう。

この文章を読んで未来の私は笑うのかな。泣くのかな。そのとき隣にいる人はどんな食の嗜好の持ち主なのかな。一緒に食事をしておいしいねって言い合える人なのかな。

分からないけれど今まで分かったためしはないのだからきっとこれからも分からないね。せめて食いしん坊の人とまた出会ったときに大丈夫なようにもう少し料理の腕を上げておくことにしよう。(所要時間35分)